おびログ

美しくあるために。感性をみがき、知性をきたえる。

根拠のない感覚を信じていた

調子が良いときは、理解し納得できていること。
調子が悪くなると、急に心が揺らいで不安になるときがある。
 
調子によってぶれているうちは、どんなことであっても、まだ基礎すらきちんと築かれていない状態なのかもしれません。
 
そうなってくると、いま手のなかにある確固としたものたちは、どうやって手に入れてきたのだっけ…と。
 
振り返ってみると、むかしは根拠のない感覚的に大丈夫だと思えることを、心から本気で信じていた気がします。
 
まずは感覚的に信じるという、しぶんのなかでは安定した基礎の上に、いろんな出来事が積み上がっていた。信じるのが先で、あとから理解したり納得できる根拠が追加されるイメージですね。
 
《じぶんの感覚》を信じていたとも言えます。
調子の良し悪しでぶれたりもしなかった。
 
信じるのが先か、理解し納得するのが先なのか。
いまとなっては、正解はわからない。
 
引っかかることがないのであれば、先に信じてみても良いのかもしれないとは思うけど。
 
根拠のない感覚を信じるだけでは、前に進みにくくなったから。
 
しばらくは、慎重さを意識しつつ、信じている前提で動くようにしてみたいと思います。
 
感覚と思考をつなぐ回路が混線中… 
感覚的なことを言葉にするのは難しいですね。