おびログ

美しくあるために。感性をみがき、知性をきたえる。

ただ違うだけなのに

みんな悩んでますね、、人間関係のことで。


ここ最近、友人たちの相談に乗るなかで、思うことがあったのでメモ。


それぞれ、別の話なのに、共通項があって。


目の前の相手とうまくいかないとき、いかにじぶんが正しくて、相手が間違っているかを感情的に話している。


まるで理解ができないし、納得なんてもってのほか。相手が言ってることを認めると、じぶんが間違ってることになる、とでも言いたげに。


ほんとうにそうなんですかね。
片方が正しくて、片方が間違ってるのかな。


どこかで聞いた「正義が地獄の道を舗装する」という言葉を思いだす。


お互いの正義がぶつかって争いをうみ、その後の地獄へとつながっていく。
戦争がおきるのも、このことが原因だと。


そもそも感情的になっている時点で、じぶんが正しいと判断ができているかあやしいしね。


正しいかどうかは、どこが基準か、誰が基準かはわからない。
時代や所属によって移ろうものだと思うし。


明らかなのは、相手とは「違う」ということ。


全く違う気持ち、尺度、価値観、考え方。


違う相手のことを、じぶんの気持ち、尺度、価値観、考え方で正しいかどうかをはかることはできるのか。


それぞれ、ただ「違う」。
それぞれの信じる、違う道を歩いている。


もちろん、ひとの道に外れた犯罪行為などは別として。
客観的にみると違うだけなのに、正しいかどうかと大ごとにして考えている。


感情の温度が熱すぎるときは下げること。
近づきすぎて焦点が合わないときは距離を適切に保つこと。


どんなことも、さじ加減が大切。


そして、じぶんのために、相手を変えようとしないこと。
変えようとしても、変わらないから。


ただ、もしかしたら、影響を与えることはできるかもしれない。


じぶんのことに集中し、楽しんで、きらきらと輝き生きていると、自然とまわりの人を巻き込んでいける。
明るい渦のなかに。


できることがあるとしたら、それくらいじゃないかな。


じぶんのことを疎かにして、相手を変えることに集中してしまうと、本末転倒になる。


まずは、じぶんを大切にし、相手を尊重するところから、、ね。